介護施設のBCPは「作って終わり」ではありません
介護サービス事業所は、令和3年度の介護報酬改定でBCP(業務継続計画)の策定が義務づけられ、経過措置を経て令和6年4月から完全義務化されました。障害福祉サービス事業所も同じ時期からです。
見落とされやすいのは、運営基準が求めているのが「計画を作ること」だけではない点です。指定介護老人福祉施設の運営基準(平成11年厚生省令第39号 第24条の2)は、1つの条文に次の3つを並べています。
- 感染症や非常災害の発生時にサービスの提供を継続し、早期の業務再開を図るための計画を策定し、その計画に従い必要な措置を講じること
- 従業者に計画を周知するとともに、必要な研修および訓練を定期的に実施すること
- 定期的に計画の見直しを行い、必要に応じて計画を変更すること
同じ趣旨の条文が、訪問介護・通所介護・居宅介護支援など各サービス種別の運営基準にも置かれています。研修・訓練・見直しは、策定と横並びの義務です。棚にBCPのファイルが1冊あるだけでは、この条文を満たしたことになりません。
回数は条文でなく解釈通知が定めています
条文は「定期的に実施しなければならない」と定めるだけで、回数の数字は解釈通知(老企第25号ほか・令和3年3月16日改正)の側にあります。研修・訓練とも同じ回数です。
| サービス類型 | 研修・訓練の回数 |
|---|---|
| 訪問系、通所系、短期入所(ショートステイ)、居宅介護支援 など | 年1回以上 |
| 施設系・居住系(介護老人福祉施設、介護老人保健施設、介護医療院、特定施設入居者生活介護、認知症対応型共同生活介護 など) | 年2回以上 |
注意したいのは短期入所です。宿泊を伴いますが、解釈通知が通所介護の規定を準用しているため年1回以上の区分です。また、感染症BCPと自然災害BCPの研修・訓練は、通知上「感染症及び災害に係る業務継続計画」として一括で扱われており、感染症と災害とで回数を別々に求める定めはありません。双方に対応する内容を組み込めば、1回の機会で両方を扱えます。
訓練の手法は机上を含めて問わないとされ、机上と実地を適切に組み合わせることが適切と示されています。感染症対策のための研修・訓練や、非常災害対策に係る訓練との一体実施も認められています。
減算との関係を正しく整理する
「訓練をやっていないと減算されるのか」という質問をよく受けます。厚生労働省の「令和6年度介護報酬改定に関するQ&A(Vol.1)」問164は、業務継続計画未策定減算について次のように整理しています。
- 減算の対象は、感染症または災害のいずれか、あるいは両方のBCPが未策定で、かつその計画に従った必要な措置が講じられていない場合です。
- 令和3年度改定で策定と同様に義務づけられた「周知・研修・訓練・定期的な見直し」の実施の有無は、業務継続計画未策定減算の算定要件ではありません。
読み替えると、研修・訓練をやっていなくても、それだけで未策定減算が発生するわけではありません。ただし未実施は運営基準違反であり、運営指導では指摘の対象です。「減算にならないから大丈夫」ではなく、「減算とは別の筋で基準違反になる」という理解が正確です。
減算率と施行時期
減算率は、厚生労働省が示す介護給付費単位数の算定構造で確認できます。
| サービス区分 | 業務継続計画未策定減算 |
|---|---|
| 施設・居住系(介護老人福祉施設、特定施設入居者生活介護、認知症対応型共同生活介護 ほか) | 所定単位数の100分の3 |
| その他(訪問介護、通所介護 ほか) | 所定単位数の100分の1 |
減算の施行時期は、サービス類型ごとに分かれています(同Q&A 問165)。
| 対象サービス | 施行時期 |
|---|---|
| 入所系・通所系(介護老人福祉施設、通所介護、短期入所生活介護、認知症対応型共同生活介護 ほか) | 令和6年4月 |
| 通所リハビリテーション、介護予防通所リハビリテーション | 令和6年6月 |
| 訪問系・居宅介護支援(訪問介護、訪問看護、福祉用具貸与 ほか) | 令和7年4月 |
減算は「事実が生じた時点」まで遡ります
同Q&A 問166は、行政機関が運営指導などで不適切な取り扱いを発見した時点ではなく、「基準を満たさない事実が生じた時点」まで遡及して減算を適用する、と示しています。
示された例では、通所介護事業所が令和7年10月の運営指導でBCP未策定と判明した場合、令和7年10月からではなく令和6年4月から減算の対象になります。1か月分で済む話ではないため、指摘を受けてから着手すると影響が大きくなります。
作成済みのBCPが基準を満たしているか不安な場合は、BCP完成度診断で点検できます。
初めてのBCP訓練は「机上訓練」から
初めての施設に、いきなり夜間想定の実動訓練を組むことはおすすめしません。うまく動けなかった経験が「BCPは面倒なもの」という印象だけを残すためです。まずは座ったまま進められる机上訓練から始めるのが現実的です。
1. シナリオを1枚にまとめる
シナリオは凝る必要はありません。次の4点が決まっていれば訓練は成立します。
- いつ起きたか(平日の日中か、夜間・休日か)
- どこで何が起きたか(震度、浸水、断水、停電、感染者の発生など)
- 職員が何人いるか(夜勤帯なら実際の配置人数で)
- 何が使えないか(電話、エレベーター、給食、送迎車など)
大切なのは、自施設のBCPの想定と揃えることです。本編は震度6強を想定しているのに訓練は震度5弱で回す、といったずれがあると、結果を計画に戻せなくなります。
2. 時系列で「誰が何をするか」を追う
発災直後、1時間後、半日後、翌日と時間を区切り、その時点で誰が何をするかをBCPのページを開きながら追います。「書いてあるが実際にはできない」「担当者が夜勤帯にいない」といった穴が出てきます。この穴を見つけることが机上訓練の目的です。
3. 訓練の種類を分けて考える
- 安否確認訓練 — 職員本人と家族の安否を何分で集められるかを測ります。連絡が取れなかった人数と理由まで記録すると次につながります。
- 参集訓練 — 誰が、どこへ、どのくらいの時間で集まれるかを確認します。自宅からの経路と所要時間を各自に申告してもらう方式でも成果は出ます。橋や道路が使えない場合の代替経路まで見られると実践的です。
- 連絡訓練 — 電話がつながらない前提で、代替手段(メッセージアプリ、災害用伝言ダイヤル、一斉配信など)が本当に届くかを試します。手段を決めただけで一度も送ったことがない施設は少なくありません。
- 実動訓練 — 垂直避難、非常用電源の起動、備蓄品の取り出しなど体を使う訓練です。机上訓練で流れが共有できてから組むと当日の混乱が減ります。
安否確認や一斉連絡は、紙の連絡網だけでは夜間に回りきらないことがあります。この部分をスマートフォンで完結させるBCPアプリもご用意しています。訓練で測った所要時間と比べると、導入の要否を判断しやすくなります。
訓練は「やって終わり」にしない
訓練で最ももったいないのは、当日の実施記録だけを残して終わることです。厚生労働省のガイドラインも、研修・訓練で課題を発見して対策を講じる循環を前提にしています。おすすめは、訓練の直後に30分だけ時間を取る事後検討会(AAR)です。反省会ではありません。次の順で進めます。
- 何を目指した訓練だったかを共有する
- 実際に何が起きたかを、時刻と事実だけで並べる
- 計画どおりに動けた点と、動けなかった点を分ける
- 次までに誰が何をいつまでにやるかを、名前と期日つきで決める
最後の1行が入っているかで訓練の価値は大きく変わります。次回の訓練では、前回決めた行動が現場で実際に出たかを最初に確認します。ここまで回して、BCPの「定期的な見直し」が実質を持ちます。
当事務所の支援
身吉行政書士事務所/防災LABO M&M(福岡県田川市)は、行政書士であり防災士、そして消防士として30年間現場に立った代表が、書類と訓練の両方を一貫して担当します。
- BCP本編・ダイジェスト版の作成、既存BCPの点検と改訂
- 訓練シナリオの設計(机上訓練・安否確認・参集・連絡・実動)
- 訓練当日の進行と講師、事後検討会(AAR)シートの作成と進行
- 訓練結果をBCP本編へ反映する改訂作業
書類を作る人と訓練を見る人が別だと、見つかった穴が計画に戻りません。同じ人間が両方を担当することで、訓練の結果がそのまま次の版のBCPになります。田川郡・筑豊地域から福岡都市圏まで対応しています。費用の目安はサービス・料金のページをご覧ください。
よくあるご質問
BCPは作ってあります。訓練をやっていないと減算されますか。
研修・訓練の実施の有無は、業務継続計画未策定減算の算定要件ではありません(厚生労働省Q&A 問164)。ただし定期的な実施は運営基準上の義務ですので、未実施は運営指導での指摘対象になります。
自然災害と感染症、両方の訓練が必要ですか。
計画は感染症と非常災害の両方について必要です。一方、研修・訓練は解釈通知上「感染症及び災害に係る業務継続計画」として一括で扱われており、感染症と災害とで回数を別々に求める定めはありません。双方の要素を組み込めば、1回の機会でまとめて実施する組み方も可能です。
職員が少なく、全員を集める時間が取れません。
全員一斉である必要はありません。シフト単位で同じシナリオを複数回まわす方式や、20分程度の机上訓練を申し送りの時間に組み込む方式でも実施できます。
訓練の記録はどこまで残せばよいですか。
実施日時、参加者、シナリオ、実施内容、見つかった課題と対応方針までを1枚にまとめておくと、運営指導の際に説明しやすくなります。当事務所の事後検討会シートは、そのまま記録として使える形にしています。研修・訓練をご依頼いただいた場合は、運営指導(旧・実地指導)で確認される実施記録(報告書)の作成まで対応します。
ご相談ください
「訓練をやりなさいと言われたが、何から手をつければよいか分からない」という段階で構いません。現在のBCPと体制をうかがえば、初回の訓練に適した形をお示しします。
参考(一次情報)
- 厚生労働省「令和6年度介護報酬改定に関するQ&A(Vol.1)」問164〜問166(令和6年3月15日・介護保険最新情報Vol.1225)https://www.mhlw.go.jp/content/001227740.pdf
- 厚生労働省「介護給付費単位数の算定構造(令和6年4月改定)」https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001195509.pdf
- 指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準(平成11年厚生省令第39号)第24条の2https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=82999406&dataType=0&pageNo=1
- 指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準(平成11年厚生省令第37号)https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=82999404&dataType=0&pageNo=1
- 「指定居宅サービス等及び指定介護予防サービス等に関する基準について」(老企第25号)ほか解釈通知の令和3年改正(介護保険最新情報Vol.934・令和3年3月16日)https://www.wam.go.jp/gyoseiShiryou-files/documents/2021/0317103515238/ksvol.934.pdf
- 厚生労働省「介護施設・事業所における自然災害発生時の業務継続ガイドライン」https://www.mhlw.go.jp/content/000749543.pdf
- 厚生労働省「介護施設・事業所における新型コロナウイルス感染症発生時の業務継続ガイドライン」https://www.mhlw.go.jp/content/001073001.pdf
- 厚生労働省「介護施設・事業所における業務継続計画(BCP)作成支援に関する研修資料・動画」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/douga_00002.html
(制度に関する記述は2026年8月時点の情報にもとづいています。届出の様式・提出先・運営指導の運用は保険者ごとに異なるため、実務では所管窓口にご確認ください。)
